日課と化してしまった化学室の掃除を終え、フリオニールはホウキを握ったまま壁掛けの時計を見上げた。 傲慢な化学教師の申し付けの下、特にやるべき理由らしい理由も見つからないままに部活後の掃除を義務づけられてから数ヶ月が経つ。最初の頃には感じていた憤りなどもう諦めへと姿を変え、理不尽さはどこか義務感へとその身を変えつつあることにフリオニールはもう疑問さえも感じないでいる。 (もう誰もいないだろうな…) 時刻はとっくに最終下校時間を過ぎてしまっている。進学校という括りの中でその時刻を破るなどというリスクを犯そうとする者は滅多にいない。 部活の仲間は理不尽な申し付けをこなすフリオニールを気遣って時間の許す限り彼が終えるのを待っていてくれるのだが、それを知ってか知らずか化学教師は目ざとく掃除残しを見つけてはフリオニールに再度やり直させる。 今日もその例に漏れず、だった。 そんなことを繰り返されればさすがのフリオニールでも諦めに似た胸中になる。それでも途中で投げ出そうとしないのは単に彼の強い責任感と、さらにもう一つの要因があることをフリオニールは気づいている。 「終わるか」 誰もいない静寂だけが包む部屋を後にし、フリオニールは教師の待つ隣の部屋、準備室へと足を向ける。 それまではいつもと同じ、ただの日常の繰り返しの一部にすぎなかった。だが一つだけ異なっていたのは、 「…いない?」 普段ならば傲慢な態度で腰掛けているはずの準備室備え付けの皮張りのソファーに、態度そのままの教師がいなかった。それだけが普段と異なっている。 どうすれば良いか、繰り返しの中だけに存在していれば何も考えることも迷うこともなく、ただ流れのままにしていれば良い。だが唐突な変化には日常に慣れきった体と頭では咄嗟に対処しきれないこともある。 フリオニールは暫し悩み、近くに教師の存在がないか再度確認したがやはり何も変わらず。非日常が次第に支配し始める。 (どうしよう) 掃除のチェックは必ず教師がしていた。そしてそれに適わなければ帰宅させてもらえない。それにのっとればこのまま帰ってしまうのは躊躇われる。もし不備があれば後で何を言われるのかは想像に難くない。 職員室よりもこちらの準備室に多く居座っている教師は荷物も大半をこちらに置いている。室内にまだその荷物が置かれているままになっているからには家には帰っていないのだろう。荷物をとりに戻ってくるしかない。 ならばおとなしく待つのが得策だろうと行き着くのにはそれほどかからなかった。 少々躊躇われる気持ちで静かに普段教師が座しているソファーに腰をおろす。皮の冷たくけれど張りつく独特の感触には慣れてはおらず、どこか宙を漂うような心持ちでフリオニールは再び時計を確認する。 孤児である彼は家で待つ相手などいない。薄気味悪いほどに静かで味気の無い自宅に帰るよりは仲間と共に学校にいる方が格段に楽しいのだ。けれど決して孤独に弱いわけではなく、且つ強いわけでもない。特に明かりの落ちた部屋というものを嫌う。 日が長くなったとは言え六時を過ぎれば日は陰り始める。次第に薄暗くその身を潜めていく部屋にけれど明かりを灯そうとはせず、逆に誰かを待つという新鮮な状況を楽しんでいるために明かりなどという概念が抜け落ちてしまったようにも思える。その顔には微笑さえも浮かんでいる。 目を閉じた。 闇一色に染まる視界の中でもどこか安堵を感じるのは一人きりで取り残されるという不安要素が無いからか。 部活後ということもあり心地よい気だるさに微睡み、フリオニールが意識を水面下に潜らせてしまうのにさほど時間はかからなかった。 そうして意識を眠らせ、どれ程の時間が経ったのか。 不意に感じた頬や鎖骨を這うむず痒さにフリオニールは眉をしかめ、意識を浮上させる。 折角の心地よい微睡みの足枷を渋々千切り、フリオニールはゆっくりと重い瞼を開く。怪訝な思いと気だるさで開いた視界のその先に、けれど意識は瞬時に覚醒した。 「…なっ…」 反射的に跳ねた身体はしかし二本の腕によって押さえつけられ、ひたと己を見下ろす感情の無いガラス玉のような瞳に射ぬかれ四肢が硬直する。 ソファーに座っている状態こそ微睡む前と同じだが、その身なりは眠っていただけでは到底ならないような状態に変わっていた。 「せんせ、何して…っ」 部屋の主でありフリオニールが待っていた相手でもある教師、マティウスが腰掛けるフリオニールに覆いかぶさるようにして見下ろしていた。その両腕はしっかりとフリオニールの肩を押さえ、開いた膝の間に割り入れるようにして己が膝をソファーに沈めている。 思いがけず密接しているマティウスにフリオニールが最初にとれた行動と言えば動揺することだけ、自分が今どのような状況下に置かれているのかなど考えられる余裕は無かった。 漸く目を覚ましたフリオニールにマティウスは不遜気に哂うと、問いかけへは答えずに肌蹴て露になっているフリオニールの胸元へとその唇を寄せる。ちり、とした痛みと熱を鎖骨付近の肌に感じ、 (…ッ!?) そうして初めてフリオニールは自分の状況を認識した。 「ちょ、な、なんで…!」 見てみればネクタイは抜き取られ、多少は着くずしていたとは言え服としての機能は失われていなかったはずのシャツのボタンは全て外され、程よく陽に焼けた素肌が教師の前に曝け出されていた。 女性のような際どい羞恥こそは無いものの、それでも教師の目の前で曝されて困惑しないはずがない。それを教師ならば嫌というほど知っているはず。 けれど相手は気にする素振りも見せずに鎖骨から首筋のラインを辿って舌を這わせ、動揺するフリオニールの朱に染まった耳朶に軽く歯を立てる。 (なんで…っ) 硬く目を瞑り下腹から這い上がるゾワリとした刺激に耐える。 頭に浮かぶものは疑問ばかり。横柄で尊大な教師ではあったが体罰は行わない、ましてやフリオニールら生徒という子供など端から相手にはしない、そうであったはずだ。 たがらこそフリオニールは何も言わず何もせず、どころか心のどこかで安堵さえも感じられていたのだ。 疑問と困惑が頭を占める。 辛うじて自由でいる両腕をマティウスの肩に当て押しやろうとするが相手はそんな些細な抵抗を嘲笑うように更に舌先を舌朶から耳の奥へと潜り込ませる。 「…ッや…」 滑った舌先の感触にフリオニールの肩が跳ねる。わざと水音をたてながらまさぐられ、決して普段ならば聞こえるはずの無いその音に鼓膜が聴覚が犯される。 「や、め…!」 「掃除を終わらせなかった罰だ。甘んじて受けろ」 舌先が引き抜かれると同時、耳元に低い囁きが流し込まれる。 (……ッ) 熱を孕んではいないにも関わらず身体の芯を熱くさせる擦れた囁き。普段の会話の中では聞いたことのないマティウスの潜めた声音に堪らずフリオニールの肩が震えた。 「罰って何だよ…!」 「完璧に終わらせていないどころかこんな所で眠りこけているとは、見過ごせないな」 「だからって何で罰になるんだ! やり直せって言うならやり直すから…!」 放せ、とまでは言えなかった。正確には紡ぐことができなかった。 マティウスの人外的な美しさを秘めた相貌が目前に迫ったかと思えば、たじろぐ隙も与えずにうっすら紅をひいた唇がフリオニールのそれに重ねられていた。 目を見開き驚愕する。間近で視線を交わされ、嘲笑するようにマティウスが瞳を歪ませたことだけしかフリオニールの視界には映らなかった。 「な…っん」 僅かにフリオニールが唇を開いたその隙を縫いマティウスの舌が口腔を侵す。滑った熱い舌先がフリオニールの舌先を啄み、歯列をなぞるようにしてうごめく。呼吸すらも奪われるような深い口づけにフリオニールの意識が霞がかる。 「は…ぁ…」 酸欠で倒れそうなる寸前で解放され、フリオニールは酸素を求めて喘いだ。全身から力が抜け落ちマティウスの肩にかけていた腕さえもソファーの上に砕け落ちる。肩で荒く息を吐くその瞳は熱に浮かされたかのように涙が滲み、扇情的以外の何ものでもなかった。 そんなフリオニールの姿にマティウスは手の甲で己が唇を拭うとはっきりとその口元に嘲笑を浮かべた。 「随分と不慣れなようだな」 「…うるさい…っ」 「まさか初めてというわけではないだろう?」 冗談で言ったのか本気で言ったのかは判別がつかない。が、相手にしなければ良いものをフリオニールは愚かにも素直に言葉に詰まり、ぐっとマティウスを睨みあげる。 それだけで答えになる。 マティウスは満足気に笑みを深めると漸く呼吸が正常に戻り始めたフリオニースの顎を掴み、自らの視線と無理矢理かち合わせる。頬も目元も朱に染めそれでも強い視線を揺らがせないその表情に嗜虐心を逆撫でされる。 嘲る表情を変えもせずに見下ろす教師にフリオニールは威勢こそは崩さないがその実その心は動揺と戸惑いのみで占められていた。 (なんで…!) まさか教師にキスされるだなどとは思いもしていなかった。予測できるはずがないことを晒されて平静に受け止められるほどフリオニールの心は成熟してはいない。 ましてやマティウス相手に、どう反応を示せば良いのか分かるはずがない。その真意すらも掴めない。ただただ受け止められるのは現在も進行しつつある現状のみ。先の見えないそれをただ怯えながら待ち受けるしかない。 「さて、続きをするか」 その冷酷な響きと共にもう一度噛みつかれるように口づけられ、フリオニールの背筋を甘い痺れと絶望が駆けた。
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秩序を保つべきはずの学校という一室には相応しくない淫靡な空気が漂う。 両腕をネクタイで拘束され、抵抗らしい抵抗もできないままに服を剥がれもはやただの布きれと化しているそれはネクタイ同様拘束具の一部と化していた。それに繋がれる青年は熱を孕んだ荒い呼吸を繰り返しながら、肩を腕を爪先を跳ねさせ甘い刺激に酔う。 「や…め、そこ…ッ」 「こんなに濡れさせておきながらよくそんな強がりが言えるな」 ふ、と妖しく嘲笑を浮かべ、マティウスはソファーに仰向けに倒れるフリオニールの裸の胸に唇を落とし、その中心で息づく胸の突起を食む。 歯で甘噛みするだけでなく引き千切らん勢いで咬み潰す。痛みしかもたらさないはずのそれにさえフリオニールは過剰に反応し、その度に嘲笑するマティウスの瞳を見ては自らを嫌悪する。 震えるフリオニールを見下ろし、けれど上体を屈めながらも片腕はそそり立ち先走りを零れさせるフリオニール自身を追いたてるように上下に扱いている。時に根元から、時に先端の鈴口を、断続的に送られる刺激にフリオニールはマティウスの掌の熱を感じる度に小刻みに身体を震わせた。 「も、や…ッ」 震える声で哀願するもそれはかえってマティウスの嗜虐心を煽るだけで逆効果であることなどフリオニールは知らない。 ましてや普段は決して曝す機会の無い恥部を他人の前に曝すことすら羞恥であるのに、さらにそこを他人の手によって愛撫されているなど、正常な思考回路であれば狂いかねない。 現実を認められず、フリオニールの瞳から快感の涙に混ざって生理的な涙が零れ落ちる。 「罰だと言っただろう。途中でやめてしまっては意味が無い」 「こんな…ッ、罰があるか!」 「それは私が決める。貴様に口出しする権利は無い」 根元をきつく押えられてフリオニールからくぐもった悲鳴が漏れた。 マティウスは名残惜しげに赤く膨らんだ胸の突起から音を立てて唇を離すと、根元を押さえる手とは逆の指先をフリオニールの目前に差し出す。 「舐めろ」 身体の奥で渦巻く熱をせき止められる苦しみと、言われたことを理解できず訝しむ想いとが交錯し、フリオニールは泣き出してしまいそうに顔を歪める。 「咥えろと言っている」 縋るように視線を向けても高圧的なマティウスの態度が和らぐことはなく、フリオニールは僅かに躊躇ってから細く長い白磁のようなその指先を恐る恐る口に含んだ。 第一関節まで含んだところで再びマティウスを上目で見上げる。この先どうすれば良いのか分からない、といった状態のフリオニールに嘲笑を浮かべ、マティウスは指の付け根まで無理矢理押し込み含ませた。 喉奥を抉られるような衝撃にフリオニールがえづき、涙を浮かべながら吐き出そうとするのを許さず、指先で舌を挟み込み再度舐めろと強要する。フリオニールはむせる喉を必死になだめ、屈辱と恐怖に肩を震わせながら言われた通りにマティウスの指先に舌を絡ませた。 「…ん、ふ…」 水音を立てながら唾液を絡ませ、これ以上苦しい思いをしたくないという一心で懸命に指を愛撫する。途中で放棄すれば今度こそ喉を潰される、目に見えない恐怖に足元をすくわれ、ただマティウスの言葉に従うしかできない。 当のマティウスは瞳を細め、満足気に自らに隷従するフリオニールを見下ろしていた。その瞳には妖しい光が宿る。 「…何故舐めさせられているか、わかるか?」 「ん…ぁ…?」 「ここに、」 不意にフリオニールの根元を戒めていた指を解き、さらに下部へと滑らせる。指先が敏感な肌を這う感覚にすらフリオニールはひくりと喉を引きつらせた。 マティウスの指は尻の狭間に滑り込み、その中心で静かに息づいている蕾の周辺を円を描くようになぞる。 「挿れるためだぞ…?」 誰にも暴かれたことの無い繊細な場所をくすぐられる羞恥とそれによってもたらされる痺れるような刺激が邪魔をして、マティウスの言葉をフリオニールは瞬時には理解できなかった。 舌での愛撫を中断し、瞬きを数回繰り返して言葉を思考の枠まで運ぼうとする。そうした刹那、 (……ッ) 言葉の意味を理解した瞬間、フリオニールはその頬を朱に染め目を見開く。驚愕の色が困惑の色を覆した。 これから何をされるのか僅かも悟れなかったわけではない。恐らく恋人同士がやるべきことなのであろうそれを例え経験は無くとも悟ることはできた。だがそれまで。 まさか本当にすることは無いだろうと、相手の教師という社会的立場を考えれば不安定な確信めいたものがフリオニールの脳裏にはあった。どこか安堵にも繋がっていたのかもしれない。それを崩された。 (本気で…!) この教師は自分を犯そうとしている。 それが確信に変わった瞬間フリオニールは驚愕以外の感情を忘れ、瞳には恐怖さえも映った。 マティウスは嘲る。 「このまま帰れるとでも思っていたのか?」 「だってお前、教師だろ!? そんなこと許されるはずな…」 「もう濡らすのは十分なのか?」 咄嗟にマティウスの指から唇を離し抗議するが、それを指への愛撫の終了だとマティウスは受け取り、フリオニールを更に困惑と絶望の縁に突き落とす。 違う、と言わせる暇も与えずにそれまでフリオニールが咥えていた彼の唾液に濡れ光る指先を尻の狭間へと差し入れる。乾いたそれではない湿った感触にフリオニールは身体を強ばらせて身構えた。 せめてもの抵抗にと膝を折りそれ以上の行為を遮ろうとするが両足の間を分け入るように身体を進められてしまいそれも叶わない。 「あまり力を入れるな。それとも無理矢理暴かれるのが望みか?」 「そんなわけないだろ! あんた自分の立場分かってるのか!? 教師だぞ!」 「だからどうした」 明らかに禁忌に触れていると言うのに当の本人は蚊ほども気にしておらず、依然マティウスは高圧的な態度を崩さない。 「だから……ああもう! 色々あるだろ社会的立場とかモラルとか! 壊して良いのかって…!」 「どの道貴様が私に抱かれることは変わらん」 ネクタイで縛られ抵抗を封じられたフリオニールの手をとりその指先を食む。びくりとフリオニールが悩ましげに眉をしかめたのを視界にとらえ、マティウスは眼光鋭いままに目を細める。 「諦めろ」 死刑宣告のように非情な、そして絶対的な支配力を振りかざして告げられた言葉にフリオニールの身体の芯が震えた。熱く、熱を孕んで。 結局何をどう虚勢を張ったところで通用などしない。それならばせめて不様に足掻き続けるよりも全てを投げ出して甘受してしまった方が良策。 絶対的な支配者を前にして被支配者は抗うことなど許されない。 「なんで…」 「……」 「こんなこと、するんだ?」 震える声で音にした言葉は純粋無垢な疑問。そしてある種の期待でもある。 「その答えを得ても貴様に何ら得は無い」 けれどマティウスは抑揚なくフリオニールのそれを打ち砕き、絶望に揺らぐ彼の瞳に口付ける。ひどく優しいだけの接吻にフリオニールは苦し気に、しかし縋るようにマティウスの長い金糸の髪を握り締めた。 それは与えられる罰への甘受の意を示していた。
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痛みに顔を歪める。己の中心を指で抉られる奇妙な感覚に苦しみ、排泄器官でしかないそこを無理矢理こじ開けられる激痛にフリオニールはただただ耐える。 中心で息づいていた彼自身はあまりの痛みからか既に萎え、きつく閉じられた瞳からは涙の雫がとめどなく零れ落ちた。 「…っく、ぅ…ん…」 (………) マティウスは醒めた瞳で不思議に思う。 犯されることを甘受したまでは良い、けれど半ば無理矢理指を挿れて蹂躙しているにも関わらずフリオニールからは罵声の一つも上がらない。 処女だというのはすぐに分かる。苦痛に堪える姿はどこか懸命で、必死にソファーに爪を立てながら痛みをやり過ごそうとする姿勢はもはや諦め故の甘受のものではないとさえ感じられる。それがマティウスには理解できない。 まだ憎まれた方が理にかなっている。これではまるで自分には関心を持たれていないように感じられ、マティウスの中の昏い感情を奮い起こした。 「恨み憎んでも構わないのだぞ…?」 「え…ぁ、やっ、だぁ…ッ」 また一本、さらに指を増やす。既に三本飲み込んだそこは血の色を失くし、きつくマティウスの指を締め付けて離そうとしない。さぞかしその内は甘美なのだろうとマティウスは目を細めて笑む。 「…っく、ぅ…いた、い…ッ」 「じき慣れる」 「でも…ッ、んぁ!」 指をばらばらに開いては閉じ、ピストンするだけではなく内壁を縦横無尽に暴きだす、そのマティウスの指がフリオニールのある一点を突いた時、初めて彼の声に甘さが混ざった。 己が何を感じそのような嬌声じみた声をあげたのか理解できず、戸惑いながら縋るようにフリオニールはマティウスを見上げる。不安気なその瞳とは対極的にマティウスは心得たように口元を歪めていた。 「ここか」 「ぇ…あ、やッ! なに…やあッ」 重点的にフリオニールの感じるところばかりを性急に追い立てる。唇からは戸惑い色に濡れながらも確かな嬌声なるものが突き上げる度に零れた。 「あ、ぃ…あッ、んぁ!」 自分の身体がどうなってしまったのか、わからずフリオニールは縋り求めるように戒められた腕を必死にマティウスに伸ばす。 その腕をとり、首の後ろに回してやるとすぐにフリオニールは離すまいとばかりに硬く抱きつく。密着することで指の角度が鋭角になり、更に彼自身を追い立てる。 「濡れてきたな…」 じわりと指に絡みつく内壁が湿度を持ちはじめたことにマティウスは哂い、漸く勃ち上がりはじめたフリオニール自身を軽く擦ってやれば甘い声と共に嬉しそうに先端から雫を溢した。 「…ぬれ…ほんと、に…?」 「ああ」 しっとりとマティウスの指に絡みついて締めつけてくる、滑りが良くなったためかフリオニールの漏らす吐息から苦痛の色が薄れはじめた。 「は、あ…ぅ…ッ」 感じはじめた快感を追うことに必死なのか、抱きつくマティウスの肩に爪を立てる。白衣越しにくすぐったいような僅かな痛みを感じ、それさえも愛しいものに感じられてくる。 縋りされるがままを受け入れることしかできない、未だ何色にも染まらず純粋無垢なフリオニールの身体を自分の色に染め上げられる、マティウスの肩が昏い快感に震えた。 薄く紅をひいた己が唇を舌で舐め、甘い吐息を吐きながら目尻に涙を浮かべ眉を悩ましげにしかめるフリオニールの眉間に唇を落とす。それが合図であったようにマティウスは彼の体内から指を引き抜いた。 「ぁう…ッ! …な、に…?」 突然埋められていたものを失くし、無意識の内にフリオニールは物欲しげにマティウスを見上げる。その瞳は既に情欲に溢れていた。 「天性の淫乱だな」 「ちが…っ」 「ここをひくつかせておいて何を否定する?」 ここ、と言いながらそれまで指を突き立てていた蕾の皺を爪で抉る。ぐ、とフリオニールは唇を噛み締め耳まで頬を朱に染めた。 否定の言葉を発さない、つまりそれは己自身でも認めているという証以外のなにものでもない。マティウスは嘲笑し、指の代わりに猛った自身をそこに押し当てた。 「挿れるぞ」 「ま、待って…ま、…ッああぁ…!」 筋肉がみし、と軋んだ。 指とは比べものにならない質量と熱を持った肉塊に侵食される、想像以上の激痛に咄嗟にフリオニールはマティウスの白衣の襟を噛み締め叫びそうになる悲鳴を堪えた。 (………ッ) 呻きを漏らしそうになったのはフリオニールだけではない。きつく、そして溶けるほどの熱を持った内壁に絡みつかれマティウスは熱い息を吐き、フリオニールはその吐息にすら痛みを忘れ腰を痺れさせた。 十分に慣らしたわけではなかったが裂傷は無い。マティウスはフリオニールの震えが治まるまで微動だにせず、絡みつき締めつける内壁の熱に酔いしれた。 「はぁ、…ぁ…せんせ…」 「…動くぞ」 フリオニールの了承を得ることなど端から必要とせず、マティウスは制止の叫びも聞かずにフリオニールの腰を上下に揺する。先ほどフリオニールの啼いたところを重点的に抉り無理矢理悦楽を送り込む。 「や、ぁ…ッは、あぁ…ッ」 容赦無い突き上げにフリオニールはただ喘ぐ。 前立腺を的確に狙った動きについていけず、開発されたばかりの若い性はただマティウスの肩に縋りつき上下に揺れ熱に溢れた身体を持て余すことしかままならなかった。 「せん、せ…っ、ぁ、そこ…ッ」 「ここだろう?」 マティウスが妖しく笑み、フリノールが最も快楽を得られる最奥を穿つ。その途端堰が切れたように零れる声に甘さが増した。先ほどのように濡れはじめ、滑りのよくなった後孔からは聞くに堪えないほどの泡立つ音が聞こえフリオニールを聴覚から犯す。 この場が学校であることなど忘れ、抑えきれなくなった嬌声が悦楽の色を曝け出す。確かに手中に堕ちてきた若い身体と性を感じ、マティウスは勝利という甘美なるものに舌なめずりし、フリオニールのこめかみに敗北の印を口づけた。 それさえ快楽になるのかふるふると身体の中心で自身を震えさせ、達する、と主張するようにマティウスの腹に擦りつけてくる。 「そんな…ぁ、に、やぁ…ッめ…!」 涙で頬を濡らしながらフリオニールは銀糸の髪を左右に振り乱す。 「だめ…ぁっ、や、イっちゃ…!」 あと僅かで達してしまいそうなのは目に見えて分かるというのに、それでもフリオニールは達しまいと硬く瞳を瞑る。 それで快感がやり過ごせるはずもないのだが、甘い嬌声に混ざってそれを抑えようとする強張りが僅かこもる。それをマティウスは許さず、更に穿つ力を強め、最奥を抉った。 「やぁあ…ッ! だめ、って、言って…のに!」 「堪えるな」 「だって…ッよごれる、から…っ」 そう言って焦点の定まらない瞳で白衣の胸元に頬を擦り寄せる。無意識なのか、マティウスの背中に回した腕で金糸の髪をかき乱し、指先に絡ませ甘える素振りは発情した猫に似ていた。 些細なことを気にかけ、それが己自身への配慮からだと気づいた時、マティウスの内をフリオニールへの愛しみだけが支配した。マティウスはふと笑むとフリオニールの顎をとり、半開きのまま誘いをかけるその唇を指先でなぞり、 「…気にするな」 「んんッ、ふ…んぁ」 唇を塞ぐ。 そうして空いた手ではち切れんばかりに膨れ上がり先走りを滴らせているフリオニール自身を掴み、達することだけを考えさせるように容赦無く上下に扱き上げる。 肉のぶつかりあう音と水音、そしてフリオニールの嬌声が呼応するように準備室に響く。既にその場は秩序というものなど欠片も無く、ただの淫猥な空間へと変貌を遂げていた。 「あぁッ、やだ、やっ、ぁ…!」 「イけ」 「やあぁぁ…ッ!」 マティウスの掌にフリオニールが熱を叩きつける。それと同時に内壁が収縮しマティウス自身を絞めつけ、その甘さに耐えきれず小さな呻きと共にマティウスはフリオニールの胎内に欲望を吐き出した。 どくどくと熱の飛沫が注がれる甘い感覚にフリオニールは身体を小刻みに震えさせると、そのままがくりと意識を手放しマティウスの身体にもたれかかった。 (………) 彼の体内に全て吐き出してしまうと、マティウスは自身を引き抜き、フリオニールの腕の戒めを解いてやる。そこは痛々しそうに赤く擦れ、フリオニールが懸命にもがいた痕を色濃く残す。 弛緩し四肢を投げ出す身体をソファーに横たえてやると、冷徹と噂される教師にはあるまじき慈しみをこめた指先でマティウスはフリオニールの額に貼りつく髪を払い、露わになったその額に口づける。 むず痒そうにフリオニールが眉を顰めるのを目を細めながら見やって、 「堕としてやる。堕ちて、我が手中まで来い、フリオニール」 悪夢のような宣告をすると、乱れた衣服を整え、汚れた生徒の後始末の準備をするために部屋を出る。 再び静寂に包まれた準備室、そのソファーの上で宣告をされた生徒は一人静かに目を開き、閉ざされた扉の向こうから差し込む月の光に目を細めた。ひどくひどく哀しげに。 そうして金糸の髪を想い、胎内に吐き出された彼の精をまるで愛しむかのように自身の腹に手を添え、撫でる。 「…マティウス…」 どこまでも引きずり堕として。 とうに身体も心も穢され染め上げられ、もう平穏な日常に戻ることは出来ないのだろうとフリオニールはうっすら寂しげに、それでも微笑んだ。
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