私は貴方が怖いです 説明はつかない、何とも云得ぬ容の無い恐怖 如何すればいい? 如何すれば其れから逃れられるのですか?
暗闇の中 コレは夢だと感じる浮遊感 だというのに、気持悪いほど息があがる 足が縺れ闇に飲み込まれる一部 溶け合う身体に、何処かで味わった事のある衝撃が奔る 気持ち悪い 気持ち悪い 不意に掴まれた腕。白い手が身体に廻る コレは誰の腕だか判る。いつも顔あわせする男 同じ、仲間 其の男の腕が身体の自由を塞ぐ 声も出ない 目の前は闇。其の先も闇 そんな感覚の掴めない中で焦る思考と心 ねっとりと首筋を滑る男の舌 気持ち悪くて震える身体 そっと、耳元で囁くあの声
「 」
「っあ!」
やっと夢から覚め、辺りを見回す なんて事無い、何時もの自室。深夜を過ぎているから響く、自分の荒い息 最悪だ 悪い夢にも程が有る 因りによって同じ国の、しかも同じ立場である人に襲われる夢なんて… 未だに呼吸が落ち着かない 汗でびっしょりになっている着物に不快感を覚え、着替えようと寝台から出る 箪笥の中から適当に引っ張り出そうとして、ふと一番上の段の引き出しを見る 如何してか、少し開いていた 何時もならそんな事気にも留めないのだが、先の夢のせいか。些細な事にも敏感になっているのかもしれない そっと、一番上の引き出しを開けてみると、いつも顔を隠すために使っている布が1枚無かった そんなに沢山持っている訳では無いが、枚数くらい覚えている どこかに置いてあるのか、と辺りを探してみるが身の回りの事は侍女がやってくれている事を思い出し、其れは無いと頭を振る ならば一体、何処へ消えたというのだろう? 暫く悩んでいたが、次第に睡魔が襲ってきて其の事は明日考える事にし、寝台へと向かって眠りについた
今朝、侍女に布の事を尋ねてみたが
「ちゃんと仕舞いましたが…」
と不思議そうに返事をした それはそうだ。己がした仕事なのだから忘れるはずが無いし、嘘でも無いだろう ならば本当に何処へあるのだろうか?
朝の軍儀には出るには出たが、夢の事といい其れといい。既に頭が其の事で一杯だった 解散後、自分の屋敷に戻る途中に殿と諸葛亮に会った
「おぉ、ホウ統。…どうしたのだ?難しい顔をして…」 「えぇまぁ、ちょっと…悩み事ですよ。殿はこれからどちらに?」 「うむ。久々に調練の様子でも見に行こうかと思ってな。諸葛亮にも見てもらおうと誘ったのだ」
ふと諸葛亮の顔を見ると、口元は羽扇で隠しながら、あの諸葛亮独特の柔らかい雰囲気を醸し出していた
「どうです?ホウ統もご一緒に…」
ゆったりとして落ち着くだろう諸葛亮の声は、今の自分にとって恐怖を感じるモノだった 昨晩の夢が、諸葛亮に被る そんなのは有り得ないと解っていても、失礼だと思っていても鮮明に浮かび上がる諸葛亮の、あの顔… 直視は出来なかったが、声を荒げないよう努力した
「すまないね…体調が良くなくってねぇ…あっしは休ませてもらうよ」
一礼をして、逃げるように其の場を後にした 殿が心配そうな顔をしていたが、今は一刻も早く諸葛亮から離れたかった 後で殿に謝罪しなければ、と心に呟きながら動く足を速めた
部屋に戻ると、丁度昼食の時間帯らしく侍女は居なかった 少しホッとした。今のこの顔を見られるのは恥ずかしかったから きっと不安と恐怖が入り混じった情けない顔をしているに違いない 布を被っていても、長年自分の世話をしてくれている侍女は判ってしまうのだ。其れは嬉しくもあるし、同時に不安もある 兎に角、お茶でも淹れて一休みしようと顔を上げたら、寝台に布が掛かっていた 敷布団とは違う色で、紅い刺繍の入った高価そうな布 侍女の物かと思い、拾い上げてみた 紅い布の中に何か挟まっている…何だろうと思い広げてみたら…
「っな、なんだいコレは!?」
紅い布の中に挟まっていたのは、無くなった絹の布 しかも、其の布に白い液が染み込んでいた どう見ても、…精液だった はらりと手から滑り、床へと落ちた
「うっ…かはっ!」
自分が使っていた顔を覆う布 其れが、何処の誰とも知らない男の欲に汚されていて。しかも自分の部屋にあった 如何考えても、自分狙いの行動 気持ち悪い 怖い 吐き気が止まらない 如何して、こんな事が…? 其の場で、立ち尽くすしか無かった…
あの日から全ての事に疑心を抱くようになってしまった。 自分を恨んでいる人はいないか、或いは罠か。 どちらにせよ、此処数日間警戒心が尋常で無いほど高まっていた。 仕方が無いと言えば仕方が無い あの日… 自分が普段顔を覆い隠している布に、男欲が染み付いていたのを発見して。驚愕と恐怖に駆り立てられた身体は其の場で凍り付いていて。勿論、アレは燃やして捨てた。 只捨てただけじゃ繋がりが残るような気がして気持ち悪かったからだ。 しかし、嫌がらせにしては余りにも凝っている。…かと言って間者の罠にしては幼稚すぎる。もっと情報を手に入れられるような効率の良い罠を仕掛けるはずだ。 なら…誰が? 稀にある、同性同士での行為の欲求なのか。それにしても自分は顔を隠している上に、いい歳だ。そういう対象からは先ず外れるだろう。疑問がぐるぐると廻り続ける。 幸い、あの日から三日は経つがそういうことは起きていない。 悪戯だったのだろうか…前向きにそう考え忘れようとし始めた
しかしその願いも空しく、あの日から一週間後… 朝の軍儀から帰ってきたら、あの日のように、あの場所に。 紅い布に包まれた自分の白い布。其の中心一体に、精液が―― 自分の考えは甘かったのか。最早言葉も出なかった。 力が抜けて掌から流れ落ちる紅と白の布。フラフラと箪笥の方に足を運び一番上の引き出しを開けた。ほんの僅かな願いを込めて―― しかし、中は、空っぽだった… 愕然とした。あの布全て、誰とも知れぬ男の手に汚されるのか…?この悪夢が未だ続くというのか…? 目の前が真っ暗になり、天地がひっくり返って見えたのを最後に、あっしは気を失った
また、夢を見る。 追いかけられる夢…闇の中であの男に捕まる夢。 腕を掴まれ首筋に舌を這わせ、耳元で囁くあの声
「 」
何て云っているのか聞き取れないほど自分は叫んでいた やめて、目を醒ませ、早くこの悪夢から目を醒ますんだ 今回は何度叫んでも中々終わらない…其の間に男は指を自分の口に入れ込んで、舌を掴んで声を出せなくした もう片方の腕は身体を締め付けて逃がさないようにしてくる 嫌だ嫌だ嫌だ 気持ち悪い、怖い あの男だと、考えないようにすればするほど其れを打ち消すかのように、長い黒髪が首筋をなぞる。其れは余りにもリアルで気が狂いそうになる… 苦しさと未知への恐怖で涙が浮かび、許しを請うように仕舞いにはあの男の名を、呂律の廻らない言葉で叫んでいた …諸葛亮、と
「ホウ統様!!大丈夫ですか!?」
うっすらと眼を開けると、侍女の姿が見えた。とても心配そうな顔をしている…
「あ、っしは…?」 「ホウ統様!良かった…気が付かれたのですね。」
そうか。箪笥の中を見た後、気を失っていたのか…
「すまないね…迷惑かけちゃって。お前さんが此処まで運んでくれたのかい?」
そう。自分が倒れていたはずの床で眼を醒ましたのではなく、寝台の上にいたのでそう訊ねてみた。きっと重かっただろうに…そう続きを云おうとしたのを、招いていない客によって遮れられた。
「…起きたのですね、ホウ統」
扉の開いた音と共に入ってきたのは、夢で見た諸葛亮本人だった。 眼が見開いたのが、自分でも判る
「実はホウ統様に掛け声を掛けている時、声が響いていたのでしょう。諸葛亮様が来て下さったのです。私一人では何も出来なかったので本当に助かりました」
微笑んで云う侍女の後ろに諸葛亮がやってきた
「余りにも悲鳴に似た声で叫んでいたのですからね。余程貴方の事が心配だったのでしょう…」
口元は何時もの羽扇で。眼は笑っていて。人を落ち着かせると言われている声で優しく言葉を掛けてくる。 ――其れが今の自分には何よりの恐怖で声が出なかった。 気を抜けば身体が震えてしまいそうだった。叫び声を上げてこの場から逃げ出したかった… ただあっしは、二人に向けて愛想笑いしかできなかった
「…ホウ統様。余計なお世話だと思いますが、」
侍女が諸葛亮を送って部屋に戻ってくると、あっしが横になっている寝台の隣の椅子に座って訊ねてきた。
「何だい?」 「…何か、あったのでしょうか?此処最近、顔色が優れていませんし。何と云いましょうか、何かから怯えている様に見えるのです…」
流石長年あっしの侍女をやってきただけある。ほんの些細な事でも彼女は気付いてしまう。自分も彼女には、よく相談したり聞いたり友人のように接してきた。だからだろうか…今までの事を話しても受け止めてくれるのではないかと思った。 色々問題のある話だが、嘆を切って口を開いた
「そんな…っ!わ、私の不注意でこのような事に。申し訳ございません。」 「違うよ。そいつはお前さんがいない時間を見計らって、この部屋に来ているんだ。あっしらの生活パターンを明確に知ってるんだよ、きっと。」
必死に、申し訳無さそうに謝る侍女のせいではない。元凶は犯人なのだ。誰のせいでもない。
「お前さんも用心しとくんだよ?何か危険な目に遭いそうになったら直ぐに助けを求めるんだよ。あっしでもいい。誰でもいいから、必ず大声で叫んで、わかったかい?」
言い聞かせるように、一言一言しっかりと彼女に告げた。彼女は縦に首を動かした。 一刻も早くこの状況を打破しなければ、本当に彼女まで巻き込みかねない。 そっと、今着けている口元の布に触れた。もう、此れが最後に一枚… 犯人は此れも狙いに来るのだろうか… 背筋に悪寒が走る どうにかしなければ。焦る気持ちが先走る
そして、最悪の事態が起きた
自分は兵の調練を見に行っていた。久々に行った独自の調練方法で良い結果が出せて、次の戦にでも使おうかと、そんな浮かれた考えをしていた この時間、屋敷には侍女がいるはず。食事の準備でもして貰おうか。だが、屋敷に入って部屋に踏み込んだ瞬間、今までの考えが全て真っ白になった 目の前に、侍女が倒れていた 慌てて駆け寄ってみると、酷いものだった… 何時も綺麗に纏められている黒髪は無残に散り、引き裂かれている衣服はすでに意味を成さない状態。手首は荒縄で縛られていて、すらりと伸びた白い足には紅と白の液が入り混じって付着していた。 ……彼女は犯されたのだ
「ちょいとっ、お前さん!!どうしたんだい!?一体誰が…っ」
身体を持ち上げるように抱えて軽く頬を叩いた。よく見ると涙の跡が幾筋にもある… 侍女はゆっくりと眼を開け、首を振りながら怯えを含んだ瞳であっしを見た
「ホ、ゥと、様…ッ。もう、し…わけっ、ございませ…」
何故か謝りながら、涙を流しながら、彼女は気を失った様に眠りについた。 何故彼女が謝るのか?何故誰がやったのか云わないのか?
「どうして、こんな…っ?」 「貴方を想ってのことでしょう?」
急に聞こえた、聞き覚えのあるあの声 この場には流れるはずのない者の声
「諸葛亮…?なんで、お前さん…」
扉に寄りかかるように立っている其の姿を、表情を見て、確信した
「どうして!?どうしてだい諸葛亮!!なんでこんな事ををするんだい!」
何故だか涙ぐんできて、声が荒がる そんな様子を楽しんでいるかのように扉からゆっくりと離れて立つ諸葛亮を只睨んでいた
「どうして…まさか、あっしの布のも…っ?」 「…気が付かなかったのですか?貴方ともあろう方が。 そうです、全て私がやった事ですよ。…貴方を想って。」
初め、笑っていた表情が一気に崩れた。鋭い視線が突き刺さる。 一歩一歩近付く足音が、まるで術のように、この身体を動かさない 彼女を抱く腕の力が篭る。目覚めて、助けて。 座り込んで震えるあっしに、諸葛亮は少し腰を屈めて頬に触れた。
「貴方が使っている布はとても触り心地が良いですね。まるで貴方が触れているようですよ。だからもっと必要だった…」 「―――ッ!!」
あの布の事を云ってるのだと、理解したくなかった。そして、やはりこの男が、犯人なのだと、疑惑から確信へと変わった。
「この布も、私を癒してくれますかね?いや、目の前に貴方がいるのですから、貴方が私を癒してくれますか?」
布を潜り其の下の肌に直に触れてくる。 ここで悲鳴を上げれば彼女が目覚めるだろう。救いになるかもしれない。だが、もし目覚めたところで又暴行されたらどうする?今のこの男は何を仕出かすか理解らない。どうする、どうすればいい? 其の間に、布の上から諸葛亮の唇があっしのに触れた。次第に湿っていくのが感じとられ、気持ち悪い…
「…ねぇ、私の願い、聞いてくれますか?そうすれば…」
――貴方は彼女を救えるのですよ…? 脅迫に似た囁きは、あっしに涙を流させるのに充分なものだった…
「――ぃやッ、…ッ嫌だぁああっ!!」
彼女をそのままにして。諸葛亮の屋敷に連れ込まれて。広い部屋に入った途端、兜と布、そしてビリッと嫌な音をたてて衣服が捥ぎ取られた。 怖い。自分の力では如何にも出来ないほど素早く行動され、行く先の見えない行為に恐怖を抱く。
「あの女、貴方と親密過ぎましたね…貴方は誰にでも優しいから、付け上がってくるのですよ?もっと注意しなければ、駄目ですよ?」 「…っ!!」
締め殺されるのではないかと思うほど力強く抱き締められ、首筋に諸葛亮の舌が這う。 顔が見えない位置にいる上身長さがあるせいか、髪が素肌に掛かり、まるで黒い檻に入れられているような錯覚に陥る。
「やっと、貴方が手に入る…」
独り言のようにそう囁くと、いきなりあっし自身を扱い始めた。
「ぅああ!?あ…くぅ、うあ、…やッあ!」
乱暴に、只快楽を呼び起こさせるだけの愛撫。其の間にもう片方の手は胸を、顔は口付けを。器用にあっしを犯してくる…
「しょ、かりょ…っ、やだ、もう…止めてくれ…ッ!」 「何故?私はこの時を待っていたのですよ。貴方を穢す、この瞬間を。」
ぎゅっと、自身を痛いくらいに締め付けてきた。
「ひぃっ!痛…っ、しょ、諸葛りょ…、」 「泣いて、請い跪き、私を見る貴方を思い浮かべるだけで何度もイけましたよ。さぁ、私を楽しませて下さい。もっと私を求めて…」
締め付けながらも愛撫を止めず、身体中を駆け巡る快楽でどうにかなりそうなのに、付け加えるように口付けを施してくる。
もう、このままいっそ身体を預けてしまった方が良いのではないか? 諸葛亮の望むまま、泣いて啼いて只身体を開いて求めて。そうすればまた、何時ものような諸葛亮に戻るのではないか?今目の前に居る男は諸葛孔明ではないのだと思えば少しは気が楽になれるのではないか? そんな考えを察したかのように諸葛亮は耳朶を舐めながら囁いた。
「ホウ統。此れが本当の私なのですよ。貴方だけを求めて夢で穢して其れでも物足りなくて。もう随分前からこうしたいと願っていた。貴方を蜀に招いたのも口実に過ぎませんしね。」
まるで暗示のように頭に入ってくる。あっしだけ、あっしだけを求めていた?ずっとこうしたかった?皆に慕われ名声を得ているお前さんが、こんな自分を如何して…
「ホウ統。一度出してください。そうしたら、寝台へ行きましょう?私は貴方に乱暴をするつもりは無いのですから…」
――あっしにとっては、此れは心も身体も暴力に曝されているようにしか思えない…
長い、長い間。永遠に夜が明けないのではないかと思うほど長く感じて。 其の長い間、休む暇もなく与えられる痛みは何時しか快楽へと変わり始めて来ていた。 お互い既に何も身に纏っておらず、肌と肌がぶつかる音がやけに大きく響く。 何度も体位を変えられ、何度も達せられ、あっしから出る液にはもう色が失われていた。其れでも諸葛亮はあっしの中で精を放ち、収まりきらなかった液はあっしの身体に放つ。もう身体中ドロドロで、この部屋には精液の臭いが充満していた。 寝台は彼方此方に精の池を作っていて、湿っていた。 諸葛亮はあっしの顔を見ながら抉る様に楔を押し込んでくる。顔を隠さないように両手であっしの両手首を寝台に沈ませて。声を抑えるのにも最早限界がある。
「っ、あぅ…ひっ、ああぁ…」
諸葛亮は上手だった。ギリギリまで引き抜いて、一気に最奥の所まで抉りこむ。 内壁が締め付けているのか、諸葛亮にも汗が流れている。
「…っ。貴方の、中は思っていた以上にっ、最高ですねッ」
腰の動きが早くなる。あっしの身体が其れに連れ上下に揺れる。
「も、もぅ…、やだ…諸葛、亮…っ」 「ホウ統…私のモノになって下さい…ッ。貴方を、愛しているのです…」
この狂った宴は、永遠に続くのか…狂っている愛を押し付けられて、逃げられないのか
「まだ、始まったばかりですよ?ホウ統…」
壊れた笑みが、浮かぶ
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